ZUFFAのイベント・スケジュールがもの凄いことになっている。
2010年の活動は、
1月2日のラスベガスPPV大会から始まり、10日にWEC、11日のFight Nightと
1月に3イベント。
2月には6日に再びベガスでPPVイベントを開き、20日には豪州に初進出を果たすと、北米以外での観客動員記録を更新した。
その勢いに乗ったというわけではない(4カ月以上前からスケジュールは決定している)が、3月はこれを上回るペースで大会を開く。
6日のWECオハイオ州コロンバス大会を皮切りに、
21日にコロラド州ブルームフィールドのバーサス中継大会、
27日はニュージャージー州ニューアークでPPVイベント、
さらに31日にはノースカロライナ州シャーロットで日本人ファイター3人が出場するUFC Fight Nightと、1カ月で4度の大会が行われる。
さらにさらに2週間と時をあけずに、
4月10日にはUAE=アラブ首長国連邦のアブダビは
ヤス島のフェラーリワールドで、世界戦が2試合も組まれたビッグマッチを開催する。
さらにさらに、さらにUAEの2週間後にはWECにとって初のPPVイベントも待っている。
つまり2月、3月、4月でUFCは世界3カ国、8都市で大会を開くことになる。
マッチメイカーのジョー・シルバは、この3カ月で、
殆どの人が一生をかけても回ることのない土地を制覇する。
自分も仕事柄、過去15年でこの8都市のなかの7つの街を訪れたことがある。
デンバーを訪れことは幾度かあるが、郊外にあるブルームフィールドという街は、
08年4月にFight Nightが開催されるまで、その名すら知らなかった。
訪問した7つの街のうち、格闘技の大会取材が目的だったのが6都市。
唯一の例外シャーロットは、世界を放浪していた94年に
ホイス・グレイシーとケン・シャムロックが出場するUFC3を観戦するために訪れた。
それ以外の5都市はMMA取材のための訪問、
アブダビだけが、ADCC世界サブミッション・レスリング選手権
(通称アブダビコンバット)の取材のために赴いた都市ということになる。
UAEという首長国連邦のなかで、最も豊かな首長国でもあるアブダビの
シェイク・タハヌーン・ザイード王子が、アブダビ・コンバット・クラブという
組織を作り、世界中からトップファイターを招き、組み技のトーナメントを開催した。
格闘技ファンなら、誰もが知っている通称アブダビコンバットだ。
2001年9月に起こったテロの影響もあり、現在は2年に一度、
アブダビ以外でアブダビコンバットは開催されるようになったが、
自分は1999年と2000年の二大会で、選手引率と取材をかねてアブダビを訪れた。
選手を引率したのは、ADCCと関係の深かったマット・ヒュームから、
「誰か、日本人をトーナメントに出せないか?」と相談されたからだった。
その時、真っ先に中井祐樹という格闘家の名前が脳裏に浮かんだ。
日本を代表する格闘家が、組み技とはいえ再び世界のトップとあいまみえる。
そんなシーンが見たくて、自分はADCCと関わることになった。
中井自身は「今、ブラジリアン柔術という道衣を着た世界で
上を目指しています。だから、サブミッション・レスリングに出るつもりはありません」と、この申し出を固辞した。
残念だったが、さすが――という思いもし、
中井祐樹の試合を見るなら、ブラジルへ行き、ムンジアルを取材するしかないと
この時、決めた。
なら、総合の選手を――というマットの要求もあり、
この時、佐藤ルミナ、桜井マッハ速人、郷野聡寛、菊田早苗らと、
アブダビを訪れることになった。
マットの要望と同時期に、
ADCCホームページに英語のリポートを書き始めたこともあり、
アブダビ・コンバット・クラブは、当時の自分にとって商売相手の一人でもあった。
だから、砂漠のオイルマネーの持ち主たちが、どんな金銭感覚を持っているのか、
少しは知っていた。
が、現地を訪れると、何度も空いた口がふさがらないような出来事が待っていた。
忘れられないのが、マーク・ケアーがホテルのロビーで、『スーツケースをなくした』と頭を抱えていたときのことだ。
ADCCの関係者が何やら彼に耳打ちすると、
直後にケアーが満面の笑みが浮かべるということがあった。
何でも、「今からショッピングに連れていくから、スーツケースとそのなかに入るモノ、何でも買っていい」と言われたそうだ。
ADCCで総合の指導を数カ月行なったマットの報酬は、
複数の金の延べ棒だったと聞かされたこともある。
ホームページにレポートを書いていた自分は、月2000ドルの報酬を受け取っていた。
意地汚い話だが、2000ドルというプロポーサルを受けたとき、
週給かと思い、胸がわくわくしたのだが、まぁ、そんな甘い話はなかった(笑)。
豊富な石油資源をただ浪費するだけでなく、
そこで得た資金で国内のインフラを進めるなど、錬金術を携えるアブダビ首長国は、
石油資源を持たず観光資源とマネーゲームで空前のバブルにあったドバイとは対照的に、現実的な国創りを進めてきた。
それはタハヌーン殿下の格闘技との関わり合いも同じことだ。
砂漠の組み技の祭典と呼ばれたアブダビコンバットでは、
多くの格闘技関係者が王子に取り入り、アブダビ・マネーを資金として、
イベントを開催しようと試み接触を続けていた。
王子は一度、1997年にリオデジャネイロでペンタゴン・コンバッチという
イベントに資金を提供したことがある。
米国留学中に、出会ったUFC。
ネルソン・モンテイロの下で、身分を隠して柔術のトレーニングを続けたタハヌーン王子のMMAへの思いは本物だった。
同時に、王族が政治、経済を担うアブダビにおいて、
シビアなビジネス的才覚が、何よりも求められていたのも事実。
投資先は、投資分が回収可能となるビジネスパートナーであること。
いくら王子とはいえ還元なしにMMAに手を出すことは許されなかった。
残念ながら、長きに渡りMMA界にはアブダビ首長国が、
ビジネスとして成り立つと見たてたパートナーは存在しなかったのである。
今回、UFCのアブダビ進出に対して、
ダナ・ホワイトやロレンツォ・ファティータの口から、彼らとの関係はほとんど語られることがないが、ズッファは現地のフラッシュ・エンターテイメントに自社株を10パーセント売却したと発表している。
そして、このフラッシュ・エンターテインメントのオーナーはアブダビ政府とのこと。
つまり、遂に王子がMMAに資金を投入し始めたことになる。
自分は、42年になる人生で一度だけ、ユアハイネスという言葉を使ったことがある。
ヒズハイネスではなく、ユアハイネス。
ヒズハイネスだと三人称だが、ユア~の場合は二人称。
つまり、本人を前にして使う言葉だ。
99年のアブダビコンバットの初日を終え、会場を後にする王子から
「私のトーナメントをどう思う?」と尋ねられ、
返答する際に、この殿下という英単語を使った。
その時、日本からやってきた一介の格闘技記者に向けた、
ちょっと自慢しているようなタハヌーン殿下の笑顔から、
いかに格闘技が好きなのかが伝わって来た。
ヤクザな人生を送るなか、皇族とされる人物と直接会話をしたのは、
この時と、マッハとリコ・ロドリゲスの試合がビデオ判定となり、
マッハのセコンドを務めていたルミナの通訳として、王子の下に呼ばれたとき、
ただの2度だけだ。
あの笑顔、ひょっとすると4月12日にオクタゴンサイドで見られるのかも知れないが、
正直、ラスベガスのエンターテインメント業を生業とする人たち同様、
アラブの皇族なんて人種は、自分たちには想像ができない感性や、
ビジネス感覚を持ち合わせいているに違いない。
ベガスとアブダビ、同じ砂漠の住民が手を取り合うと、
どんなUFCが見られるのか、チョット斜めから見て、楽しむこともできる。
そのUFC。
五味隆典、岡見勇信、宇野薫が出場するUFC Fight Nightが、
日本でも地上波中継が決定、あとは正式発表――を待つばかりと、
本誌で、自分もレポートさせてもらった。
が、この話が暗礁に乗り掛っているようだ。
TV局側としても、中継を正式発表していないので、
中継がなくなったという発表はもちろん必要ない。
アブダビでUFCが開催され、日本ではTV地上波の話もなかなかまとまらない。
前川清が謳ったもう一つの砂漠――
東京砂漠で再びオクタゴンが見られる日は近々やってくるのだろうか?
自分の耳に伝わってくる経過以外に
真実が存在し、週明けにも正式決定という発表だってあるかもしれない。
記者としては、2度に渡り赤っ恥をかくことになるが、
赤っ恥大歓迎、朗報を待ちたいというのが正直なところだ。
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【 2010年02月28日 13:19 】http://www.fnlweb.com/mtv33/mt-tb.cgi/4942