【Fight&Lifeコラム】Hello, Japan/高島学

【最新号】Fight&Life vol.11


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野球を見て、泣いたのは初めてだ。

阪神ファンだけど、決して野球ファンではない。

優勝するチームでさえ、100試合戦えば、そのうち30試合ぐらいは敗戦を経験する。

勝者も敗者も1試合では実力が測りづらい。

一発勝負的なトーナメント戦が、真の実力を測る場とならない。

本来の力が結果に表れる――、ワンシーズンという長丁場では、

多くの敗北が存在し、その一つの重みは決して重くない。





今夜負ければ、頭を切り替えて、明日頑張ろう――という世界が野球で、

格闘技や、例えばサッカーと比べても一敗、そして一勝の大きさが違う。





不確定要素が多いところを楽しめる人もいるだろうが、そこが自分の性に合っていない。





小学校の頃は野球少年(軟式野球だったけど、神戸市の大会で優勝できるチームに所属していたが補欠。で、チームの規模が大きくなったことでセカンド・チームができると、そっちのほうでレギュラーになった程度)だった自分は、

その後、見る方も、やる方も野球とはそれほど縁がなかった。

1年を通してプロ野球の結果が気になるのも、阪神が優勝したシーズンぐらいだ。





そんな自分にとって、野球の魅力云々でないところで、

WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は存在していた。





別に世界一にならなくてもいい――。

あるいはキューバや米国に負けても、普通にその結果を受け入れることができる。

そんな国際大会だけど、韓国という存在があることで、

韓国以外との試合も大切なものになる。





サッカー、ボクシング、格闘技では、こういう気持ちにはならない。

それは、野球が、自分の国のナンバーワンスポーツであることを自覚しているからだろう。





そんな個人的感情(国民感情??)によって、WBC決勝の興奮度は頂点に達していた。






イチローが二点タイムリーを打った瞬間や
ダルビッシュが最後の打者を三振に切って取ったシーンに、涙がこぼれ落ちた。


日本人プレイヤーだけでなく、韓国人選手を含めて、
素直に彼らの強さに酔いしれた。


肉体的にもそうだが、精神的な面でも、
野球選手は日本で最も逞しく、強い――アスリートだと思う。
彼らがサッカーをやっていれば、
日本のディフェンダーも、フォワードももっと圧力があり、
自分を全面に押し出しながら、的確なチームプレーができる……、そんな気がする。


それこそ最後のイチローのヒットもそうだけど、
同点に追いつかれた状況で、投げ続け、崩れなかったダルビッシュの強さに舌を巻いた。


彼らは、この国で最も金儲けができるスポーツ選手たちだから、強く――、逞しくて、
当然かもしれないが、ダルビッシュが格闘家なら、
コーナーでもう戦えないという弱々しい目を見せたり、
ダメージでなく、怖さや気持ちが折れて、
キャンパスにヒザをつけることは決してないだろう。


あの精神力の強さが、持って生まれたものだけでなく、甲子園やシーズンを戦うことで養うことができるというなら、やはり場数というものは、馬鹿に出来ない。


格闘技でいえば――、大箱で戦うことや、国を離れて戦うという状況は、
それまでのキャリアにはなかった、気持ちの揺れを生む時になる。


WBCよりも、ずっと古い話になってしまうが、
デイブ・ガードナーも、そんな気持ちの揺れがなければ、
いくら何でも――、背中を取られているときに「ハロ~、ジャパ~ン」とやって、
チョークを取られることなんてなかっただろう。


ガードナーのセコンドを務めていた元WEC世界ライト級王者のゲイブ・ローデガーは、「ひとつのミスが命取りになるファイトだと伝えていたのに、あんな馬鹿げたことをして」と、そうとうオカンムリだったそうだ。


当の本人は「あの夜、みんな自分を見て『ハイ、ジャパン』なんて言ってくる。ある意味、色んな人に覚えてもらえたようだけど、とんでもなくストレスが溜まる」と言っている。


そりゃあ、そうだ。
あんな笑えるシーンは、UFCが始まって16年で初めてのことだ。


ガードナーのバックボーンは、レスリング。
MMAではトップからパウンドが主武器。
そんな彼が、青木戦ではスタンドのパンチで勝負をかけるつもりだった。
組みついて、得意のテイクダウンに持ち込んだとしても、
そこは青木の庭。ガードナーの知らないトラップが、たくさん潜んでいる
グラウンドへ試合を持ち込むことなく戦うことが目的だった。


それは、自分の得意なフィールドを捨ててまで、
青木が最大限の力を発揮できる状態しない――という作戦だった。
しかし、彼のパンチは青木を捉えることなく、寝技へ持ち込まれてしまった。


それでもトップキープをし、下から組みついてくる青木の顔面にパンチを落とした。
直後にスイープから、バックグラブを奪われた。
四の字フックに加え、青木の長い左足が彼の左膝の裏をフックし、見動きがとれない。


アゴだけはしっかりと下げていると、鼻の上からフェイスロックで
顔面を絞りあげられた。
その時、ガードナーは花道の上にあるスクリーンで、自分の状態を確認し、
バックを制し続ける青木に両手打ちのように、拳を落としていった。
両腕を同時に後方にやることで、
青木の腕が喉元に入りこむことを避けていたように思う。


その後も、必死で足を伸ばし、足のフックをこじ開けようともしていた。
背中にへばりつく、世界一のグラップリング系MMAファイターと戦い、
その世界一のファイターが、これもまた彼特有のハーフの状態に移行したさい、
果敢に胸を向きあうように、体をひねった。
そこに待ちうけている三角が入りこまないよう、右手を折り曲げ、
渾身の力を込めて肩を差しこみながら。


青木が無理をしなかったこともあり、三角を逃れた彼は一度は
スタンドに戻ることができたが、すぐにテイクダウンからバックを奪われた。


そして、フィニッシュだ。


ガードナーは5分58秒の試合タイムのあいだ、青木に攻められ続けていた。
圧倒的に不利なポジションにいて、そこからフィニッシュを狙われ続ける。
最初の展開では、スクリーンで自分の位置を確認できたが、
二度目の寝技の攻防では、そんな風にも見られなかった。


いつ、青木が自分の首を狙いにくるか――、
精神的に追い込まれていた結果、あのわけのわからない行為に出たように思う。


彼は試合タイムが3分のところでも、一度、観客に向かって手を振っている。
ヤバイ、ヤバイという思いを書き消すため、わざと余裕を見せることで、
気持ちを落ち着かせようとしたのではないだろうか。


余裕を見せることで、平静を装い、事態を打開していく。
多くの人が、そんな日常を送っているのではないだろうか。


この業界に入って2年目――。
大会終了後の深夜に作業を開始し、翌朝までに2試合、計7ページをこなさないと
白いページができてしまう。
そんな増刊号の作業中、今のようにヘラヘラと仕事をこなせないグリーンボーイだった
自分は、緊張で顔をこわばらせ作業を進めていた。


と、一人の先輩ライターから
「高島、笑え。笑っていたら、余裕ができる。
そんな顔をしていたら、自分を追い込むだけだぞ」と声をかけてもらった。
今も、締め切り間際になると、この言葉を思い出し、パニックに陥らないようにしている。
14年に及ぶ記者生活を支えてくれている、言葉だ。


パニックに陥ると、人間、何をしでかすか分からない。
締切り際に姿を見せなくなる者を何人も見てきた。
自分で「やる」と言ったことを、「俺はできない」と開き直った(わけでは決してないぐらい追い込まれていたんだろうけど)ように言ってきた者を見てきた。


レイアウトに回す前に、原稿の矛盾点を指摘すると、
「もう、できないから、自分で勝手に作りました」と、ねつ造を肯定するものさえいた。


格闘技雑誌を造る者の多くが、
イチローやダルビッシュのような才気も精神力も持ち合わせていない。


きっとガードナーも、イチローやダルビッシュでない、普通に近い人間なのだろう。
ただし、窮地から逃れるために、落ち着かせないといけないという気持ちは持っていた。
自暴自棄になったり、
目の前の事実から目をそむけ、全てを他人のせいにしようとするのでなく、
何とか、局面を打開しようと戦い続けた。
そのためにリラックスしようと心がけ、
「ハロ~、ジャパ~ン」とやってしまったに違いない。


自分はパンチのない、実戦でさえないスパーリングのなかで、
ニーインザベリーが苦しくて、タップしたことがある。


相手は自分よりずっとずっと上段者で、何もムチャすることなく、
壊すような気持ちも一切ない。
そんな状況下で、マウントを奪われただけで苦しくてしょうがなくなり、
自らの左腕を差し出し、腕十字を極められる状況を作ったことがある。
スパーといえどもマウントでタップすることを恥じ、さらに低い志を露呈したに過ぎない。


ヘトヘトになり、「残り30秒、頑張って」と言われた直後に、
思い切りクローズドガードを取ったことがある。


口内炎が潰れるのが痛くて、首にも掛かっていないギロチンでタップしたことがある。
相手は体重41kgの女性だった――。


そんな自分の低い目線で、
プロのファイターを見ること自体が、間違っているのかもしれないけど、
自分は絶対にガードナーをバカにはできない。
ギリギリで戦う人間、成功例があれば、失敗例もある。
なぜ、あのシーンがあれだけの爆笑を呼んだが――、
それは青木もガードナーも、真剣に戦っているなかで、生まれたワンシーンだったからだ。


デイブ・ガードナーの「ハロ~、ジャパ~ン」は、
格闘技史上、最高の珍プレーだ。
彼の必死さが、生んだ珍プレーだ。


青木のバックマウントから一度は逃げることができた、
三角絞めを極めさせなかったからこそ、生まれた珍プレーだ。




【 2009年03月30日 16:58 】

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