米国に来ている。
こっちに着いたのが、22日。
LAXでレンタカーを借り、その足でリムーアへ。
翌日はLAに戻り、アナハイムとハンディントンビーチ。
その後もアナハイム、サンディエゴ、オレンジカウンティやハリウッドなど、
足早に回り、早くも1週間が過ぎようとしている。
米国に到着した日に、
試合予定だったランバー・ソムデートが肩の負傷で棄権を余儀なくされた。
涙ながら、関係者や取材にやってきた自分らに、ソムデートは謝罪を続けていたが、
そんなことはどうでもいいから、一刻も早くケガを直してほしい。
なんて書いている自分も、体がおかしい。
腰が悪いのは承知している。けれども、この取材期間中に
首が回らず、左肩が自由に動かせない――なんて、事態にたびたび見舞われている。
『ひょっとして、首のヘルニアかも~』なんて怖い考えが起こる一方で、
周囲の方の協力と、取材先の新鮮な驚きにより、症状はあきらかに回復しつつある(なんて、書いていると首の後ろ側に鈍痛が走っているけど――)。
過去4年ほどの取材活動のなかで、自分は突っ走る北米MMAを見てきた。
そこでは、
一見、派手なメガ・ジムと呼ばれる、準備の整ったジムを例えにするケースが多かった。
躍進北米MMAの象徴であり、分かりやすさ――、
素直に日本にはない凄さを感じたから、だ。
メガ・ジムでないジムの取材を怠ってきたつもりはないし、
機会があれば、もっと注意深く、彼らの動向を探ってみたいと思っていた。
某有名メガ・ジムを離れた人間が、日本のとあるジムを見学した際、
「何もリングやケージが整い、広い空間で練習することで、強くなるわけじゃない。一番大切なのは、強くなる空気、楽しめる空気がそこにあるかだ」という言葉を耳にしたこともあった。
そして、今回、ちょっとムチャなスケジューリングのなか、
メガでない、ジムを数カ所、訪れることができた。
そこで感じたのは――、
メガ・ジムも、コンパクト・ジムも、
より効果的なトレーニングが行われているという点で、
何ら変わりがないというものだった。
その効果的なものが、日本で行われることが可能なのか、
無理なので他のやりかたを探る必要があるのか、しばらく考えてみたい。
メガ・ジム、コンパクト・ジム、
どちらにも共通しているのは、“勢い”と“熱気”だ。
朝の10時半、正午過ぎ、夕方前、プロMMAで活躍している選手、
これからビッグステージに上っていこうという若者たちが、
濃密な時を過ごし、汗を流している。
実際のところ、米国は不況だ。
ガソリンこそ、今年の6月ごろと比較すれば、半額になっているけど、
これまでアパートのゲート掛かりなど有色人種が多くを占めていた職場で、
白人の姿を目にする機会が増えてきた。
外食産業も相当に厳しいという。
買い控えは、一人1万2000円の定額普及がある日本よりも深刻かもしれない。
それでもUFCはソールドアウト。
大会のプレビュー番組の評判も上々だ。
アフリクションがアナハイムのホンダ・センターで行われた日、
当地のMMAイベントに13000人の観客が集まり(※チケットの実売数は発表されていない)、車で40分ほど離れたLAダウンタウンのステップル・センターのボクシングでも、20000人(※同)の集客があったという。
HBOとPPV、どれだけの視聴者があったか、すぐに明らかになるだろう。
もちろん、米国のMMAも世の不況の影響を受けないことはない。
それでも、トップを牽引するイベントに活気がある。
そこに上がるために、ファイターたちが汗水を流す、中堅プロモーションの活動も活発だ。
その中堅プロモ出場への橋渡しとなる、
小規模のローカルイベントも、しっかりと増えている。
その場に出場するチケットを手に入れるために、
練習に精が出るジム生の姿を見ることができる。
不況とは関係がないのか、不況だからこそ――の機会の到来なのか。
とにかくプロを目指す者の眼つきが、違う。
日本に欠けているのは、どの部分か。
と考えると、実は今も日本は世界で二番目にMMAが盛んな国だと理解できる。
米国と日本以外に、このようなピラミッドを持つ国は、MMAではないだろう。
それなのに感じる、明らかな差。
世界1位と2位の差が、開きすぎていては、そのスポーツに魅力はない。
この開いた差、そこには何が原因となっているのか。
今回、感じたのが、熱――だ。
一度、大きく膨れ上がった炎は、まだ消えていない。
それなのに勢いが小さくなると、その灯が消えてしまったかのような雰囲気に
日本の格闘技界はなっていないだろうか――?
貯金を食いつぶすのでなく、この時期に、どれだけ貯金をふやせるのか。
そこには、自分一人の成果でなく、自分一人が生き残るのでない――、
みなが協力して、強くなる――という意識が不可欠だ。
自分が生き残るために、他を犠牲にする――。
色々なケースが考えられるので、個々が自らの胸に聞いて欲しい。
生き残るために、誰かを犠牲にしている――、それはどこの社会でもあるし、
競争原理というもの。
厳しい状況だから、皆が仲良くすればいいということでない。
ただし、自分が生き残るために誰かを犠牲にするのでなく、
自分が生き残るために、誰かを陥れていないか?
強くなりたいという気持ちを利用し、食べたいという気持ちを利用し、
誰かを陥れていることはないか?
いま一度、胸に手を当てて自らを問いただしてほしい。
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