【Fight&Life vol.09】
>>>【Fujisan】で「ちら見する」
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写真中央、左端の建物がパレスホテル・カジノ。
こんななかで、MMAが行われているのだ。
I-5から、198号へ抜け、目指す目的地まで20マイルほど。
対向車線、まっすぐの道。道の両側はどこまでも続く畑の波。
視界の全てが地平線に続いている――と思ったら、
前を走るトラックから巻き上げられた砂煙で、視界が遮られた。
驚くことに、最初の信号は10マイルを過ぎて、ようやく現われた。
と、左手には巨大な軍関係の施設、その周辺だけ、
ベイエリアでもちょっとやそっとでは
目にできやしない高級住宅地のような街が出来上がっている。
カリフォルニア州リムーア。サンノゼでとある取材を終えて、一気に南下してきた。
この何もない。
本当に何もない街に、突然、タチパレスホテル・カジノは現れ、
普段はビンゴ場に使われているフロアで、MMAが行われる。
ほんと、I-5を下っているときから、
気がつけば「思えば遠くに来たもんだぁ」と何度も口ずさんでしまったが、
本当にアメリカは広い。
本当に凄い田舎町がある。
で、そんなところでMMAが行われ、
日本からタクミ、そして、ランバー・ソムデートが出場した。
なんだろうなぁ――、こんなところで顔見知りのファイターが試合をしたことで感激したとか、米国のMMAの広がりを肌で感じて感服したとか――そういうことじゃない、
でも、心にしみるような感情に襲われた。
これもノスタルジーだろうか。
もう10年以上も前だろうか、SAWレスリング体重別大会に出て、
やたら腰だけ強かった中山巧。
日本人がどれだけ努力しようが、徹底的に跳ね返したおバカさん。
そのおバカさんと対戦するために、ファイトマネーの半分を自ら用意した
キックボクサーがいたことなど、目の前で行われている試合以上に、
色んなことが、脳裏をかすめた。
そういえば、リムーアにやってくる前、正確にいえばサンノゼを訪れる前、
ベイエリアのバークレーを訪れた。
ここはもう、14年も前に当時の彼女(今の家内)と世界を放浪していたとき、
隣町のオークランドに住んでいた叔母のお気に入りのカフェがあるということで、
やってきたことがあった。
!!!!
他の格安ショップでは1200ドルはした米国→ブエノスアイレス間の航空チケットを、600ドルぐらいで購入できた現金商売のみの怪しげな旅行代理店が入っていたビル。
(ちなみにシスコに住んでいた叔母の息子、つまり従兄弟が、3カ月後ぐらいにこの旅行代理店へ行くと、オフィスはもぬけのからだったそうだ)
すっかり記憶からそげ落ちていた思い出が、
車を走らせることで、次から次へと思いだされる。
マーチン・ルーサー・キング・ストリートと、マルコムXストリート――、
昼間から薄暗い街で、叔母はハンバーガー屋を開いていた。
そんな町並みを15年ぶりに走り抜け、目的地に着いた。
活動し始めて間がない柔術アカデミー。
インスピのTシャツやラッシュガードが並べられている道場、
道場主の試合を初めて見たのは、2002年のハワイ。
インスピの杉田さんと、初めて会話をしたのは1999年のハワイ。
J・Sは米国3大ネットワークのライブ中継派に乗り、
6年もかけてMMA裏街道からようやく表舞台に現れた。
あのバークレーに柔術のアカデミーがあるなんて――。
40歳前後で、今も格闘技を見てくれている人のなかには、
バブル全盛期の、海外留学のメッカ=バークレー、
ドゥーランとテレグラフのスクエア近くに柔術のアカデミーがあることを知れば、
きっと、自分のように幾分、ノルタルジーな気持ちを覚えるんじゃないだろうか。
いや、ノスタルジックじゃないな。
醍醐味、これも違う。
そう、浪漫だ。
できれば、RO-U-MA-Nと呼びたい。
リング上、ケージのなかで行われていることをそっちのけで、
契約問題や、スポンサー関連、テレビの視聴率、ファイトマネー、
そういうことばかりに目がいき、締切に追われるのは不幸だ。
格闘技好きとして、不幸だ。
そういう情報ばかり、気がつけば追ってしまっていると、
なんか、窮屈だし、閉塞感だらけ。
そんな情報を追わないと、格闘技は報じられなくなってしまったのだろうか。
楽しくなくなってしまったのだろうか。
10年ひと昔という言い方をすれば、1・5昔に訪れた街で、
ギロチンからパスの連係を習う人が、20人以上もいる――、
だから、何だと言われるかもしれないけど、やっぱり浪漫だよ。
SAWの大会で4位になり、東京に出てきてプロになった。
大阪に戻り、ジムを開いた。お弟子さんをセコンドに米国で試合をする。
その裏には、いくら感謝してもしたりないぐらいサポートしてくれる恩人がいる。
タイ人が、東京でジムを開き、米国でMMAの試合をしている。
自分より、全然大きな米国人からサインをねだられ続けている。
浪漫だ。
15年前の放浪中に、UFC3を見た。
バージニアに滞在中で、車で9時間かけてノースカロライナに出かけた。
既にプロのカメラマンとして、同大会を訪れていたNさんは、
今も自費でUFCを追い続けている。
「12月も、1月もラスベガスに来る」と目を輝かせていた――、46歳。
Yさんこと、Bさんはバーリトゥードを最も早く発掘した日本人。
木村政彦×エリオ・グレイシーを探るはずが、
講道館の立ち上げ、そして古流へと深みにはまっていき、一大巨編を書きあげてくれた。
格闘技ファンが、
ダナ・ホワイトがこう言ったとか、アフリクションとキム・クートゥアーがもめたとか、
そんな事実を追うのも、有り。
否定はしない。
だって、ファンの人の嗜好をこちらから、押しつけることほど不遜なことはないし、
無礼なことだと理解している。
否定はしないけど――、嘉納治五郎と武田惣角が手を合わせたとき、
こんなやりとりがあったのでは――という想像力を駆り立て、資料を追い求める。
Bさんは凄く幸せな、充実の瞬間(とき)を経験したに違いない。
どうやったら、この技を仕掛け、逃げることができたのか。
なぜ、あのパンチで倒れるのか。
なぜ、俺のスイープは決まらないのか――なんて、考えるのって、贅沢な時間だと思う。
何かを求めている気持ちに、歯止めをかけない――、
足枷を外して、追い求める。
浪漫があれば、どんな時だって、格闘技は面白い。絶対に。
情報ばかり追わないで、想像し、発想を豊かにすれば、
なんか面白そうなことができるんじゃないか。
この大平原の田舎町で、満天の星空の――残念ながら曇り空で星が見えない
リムーアの街で、望郷の念でなく、浪漫を感じ、がぜん熱くなってきた。
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