【Fight&Lifeコラム】Recent Topix in Fighting World/高島学



【Fight&Life vol.09】



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海の向こうには、どんな強い選手がいるのか。



 



どういう風に攻めると、テイクダウンが奪えるのか。

あるいはハイキックがヒットしたのか。

それらの攻撃をどのように防ぐことができるのか。



 



冒頭の一文に関して、自分は95年から始めたこの仕事で、

95年の11月ぐらいかから、そこに従事してきたと思っている。

01年までの格通時代、その後のゴン格→格通→ゴン格時代も合わせ、

何げなく手にした過去の雑誌で、自分の仕事を海外、国内で振り分けると

大概が前者の方が多い。

名前を出さない編集的な仕事も、そこそこあるので、その差は明白といっていい。



 



一方、二つの目の事項に関して、Fight&Lifeという雑誌が創刊してから、

これらの記事が増えた。

が、そこで取り扱う試合も海外が多い。

なぜか、最先端の技術は海の向こうにあると、

自分はこの3年ほどで強力に思うにようになったからだ。



 



だからというわけでもないが(ほんとはあるけど)、あまりも国内の動向、世事に疎い。

〆切優先なので、会場に足を運ぶ機会も少なくなる。



 



けど、このところのK-1WORLD MAXの判定問題と、

柔道家の石井慧選手の総合転向問題は、煩わしいほど耳や目に届く。

ようやく二つとも一件落着、騒動は鎮火傾向にあるが、

ちょっと自分の考えを今日は書き記してみたい。





石井選手の総合転向について、自分が思うのは、
今後は吉田秀彦や滝本誠、秋山成勲のような総合格闘家は必要ないということ。
それはレスリングの宮田和幸、永田克彦にもいえる。

 

彼らは総合格闘技界において、強い曙だ。
彼ら自身の志向がそこにあるかどうかは別として、
プロモーションもイベントも、五輪出場、五輪スポーツで好成績を残した勲章で
彼らをリングに上げてきた。
そして、メディアは彼らの総合格闘技の戦績でなく、
彼らを、勲章を持つ格闘技界のタレントとして、扱い続けてきた。
横綱の名称が必要だった曙と変わりない。
いや、芸能人という肩書とも変わりないかもしれない。

 

柔道やレスリングで生活できたと思われる彼らは、
よりよい生活を求めて、総合格闘技界にやってきた。
あるいは、強さの根底にあるもの、
新しいものを求めてやってきたのかもしれないが、
決して、
生活レベルを下げてもいいという覚悟とともに、総合に挑戦した人はいないはずだ。

 

年齢のこともあり、吉田秀彦はもう別格としても良いかもしれないが、
モーリス・スミスに勝った彼を見て、彼の勝利がどこにつながるのか未来が見えない。
だが、メディアの扱いはトップにある。

 

宮田がケージフォースや修斗で戦う姿を見てみたいし、
滝本がDEEPのミドル級トーナメントで出ていたら――と思う。
ただし、彼らの意思の有る無しに関わらず、彼らがそういう場で出てこられる環境は
整っていない。
本来は、彼らの実力アップに大いに寄与するであろう場に彼らは立てない。

 

最初は、勲章で商売ができたが、それがかなわなくなった今も、
そういう場所に出られない彼らこそ
(大いになる可能性を秘めていただけに)、被害者だと思う。

 

(では、「やめればいい――」という厳しい言葉を吐ける者は、この世の中でほんの一握りだろうし、自分は決して言えない。そういうセリフを言いたくなる境遇の格闘家だって、実は色々な

人に支えられて人生を送っており、どちらが格闘技人生として幸せかなど、判断はつかない)。

 

青木真也という総合格闘技界にあって、最高の選手が、
国内を盛り上げるために体重無差別のチャレンジに挑む発言をする。
その意欲は買えても、体重差のある試合は決して肯定できない。
ジェラルド・ゴルドー×中井祐樹をこの目で見た人間として、
何があっても、危険な格闘技を、さらに危険な状態――
セルフディフェンスの対極にある、セルフヴァイオレンスな場に選手を送りこむことは
絶対に後押しできない。

 

青木がこの業界の発展を思い、一般のファンの注目を集めるために
そのような発言が必要になる現実が、悲劇だ。
秋山の口から「吉田先輩」という喜劇的な発言が出たのとは、あまりにも対照的だと言わざるを得ない。

 

仮に秋山の口から、大みそかの相手に「吉田先輩」でなくアンデウソン・シウバ、
DREAMミドル級GP王者の名前が出ていたら――、
この国の総合格闘技を取り巻く状況は、変わっていたかもと思う。
秋山がそういう発想ができる業界であれば――、
一時の盛り上がりもなかったかもしれないが、今の落ち込みもないに違いない。

 

ただ、格闘技を20代から見てきた、41歳になった中年から見れば、
今がそれほど悪いとも思っていない。
地上波のTV中継も残っているし、CSで選手のファイトを確認できる。
PRIDE以前から格闘技好きだった人々が、
社会を動かせる年齢になってきており、世間的には逆風が吹く中、
各所で、格闘技を応援してくれている。

 

それでも、日本の総合格闘技の将来が明るいとは決して言えない。

 

視聴率だとか、集客能力という問題でなく、
人材不足――。

 

米国のMMA隆盛により、MMAはまさに世界的なスポーツになりつつある。
本気の米国、本気のブラジル、本気の欧州がいる。
UFCやEXCを見ていると、
ポーランドやクロアチアという国籍のファイターが結果を残しつつある。
英国の大会、ブラジルの大会を見れば、セルビア、チェコ、アルゼンチン、ベネズエラのファイターが出場している。
モンゴルや中国でMMA大会が開かれ、タイ人も戦っている。
UFCのアジア再上陸は、フィリピンという線が最も有力だ。

 

北欧の出現に驚いていたのが、5年前で、その後、総合格闘技は着実に普及している。

 

その結果、概ね実力者社会ができあがろうとしている。
20代前半で注目され、中盤にはトップの一角に位置するようになったファイターが、
どれだけ増えただろうか。

 

その一方で、日本の総合を振り返れば、
トップファイターはほぼオーバー30になろうとしている。
20代中盤のトップといえば、先に挙げた青木真也。
廣田瑞人、児山佳宏、中村大介といった選手たちでさえ、27~28歳だ。

 

今の段階で、ライト級やそれ以下の階級では、
日本で活躍するトップ・タレントと、
北米を主戦場にしているトップ・タレントの力の差はないだろう。
しかし、トップ下の現状を顧みると――。

 

頂点にあり最先端の技術を用いうるトップ選手、中団、底辺というヒエラルキーからなるピラミッドを創る、頭の中で正三角形を想像してほしい。
そこで北米MMA界のピラミッドが、この正三角形に近いのとは対照的に、
日本の総合格闘技界のピラミッドは、明らかに中団の幅が狭いと言わざるをえない。
中団の層が薄いということは、
今後、日本の総合格闘技界の山の頂点は低くなることを覚悟しなければならない。

 

なぜ、中団の層が薄いのか。
過去の勲章を持った選手への露出ばかり目立つ――ことが、
全てではないが、その一端を担っていることは間違いない。

 

日本の総合格闘技界のピラミッドは、露出という面で顧みると、
総合格闘技界でキャリアを重ねて、トップになった者でなく、
トップの結果を残していない五輪スポーツからの転向組が頂点にある。
総合格闘技というピラミッドを作ると、決して最先端でなく
“異端”の彼らが、頂点にあるわけだ。
PRIDEが活動停止し、特にその傾向が目立っている。

 

格闘技を一般的な人気スポーツ(イベント)にしようという強い思いが、
メディアへの露出方法を誤り、その現状を「良し」とする、
自称・格闘技ファンを育ててしまった。

 

夢がない世界に、若い力は育ってこない。
理不尽がいつまでもまかり通る世界に、魅力を感じる若者は少ないはず。
若者自体が、少なくなっている今、
甲子園も、六大学も、五輪も、ワールドカップもないスポーツにどれだけ、
魅力を見いだすことができるだろうか。

 

裸一貫、自分の技量一つで勝負できる世界をクリエイトすることも、
必要なのではないだろうか。

 

そんなターニングポイントにある総合格闘技界で、
石井選手の動向が、世間一般では格闘技界のニュースとして取り扱われる。
彼がどのような意思を持って、総合に興味を持っているのか、現時点ではわからない。

 

ただ、彼の意向云々よりも、彼が総合格闘技に打って出た時に、
彼を取り巻く環境がどうあるのか。
そこに彼の総合格闘家としての将来はかかっていると、自分は思う。

 

彼とアクシス柔術アカデミーで稽古をしたアンドレ・ガウバォンはこう言っている。
「柔術の力は、(巻いている帯通り)茶帯の柔術家。
足関節を知らない茶帯。トップからの攻めは強い」と。
可能性は秘めている。
しかし、あくまでも可能性でしかない。

 

ゴールデン・ルーキーが騒がれるのは、トラフトからキャンプ、オープン戦まででいい。そこで結果を残せば、そのまま騒がれ続ける。
しかし、二軍生活を強いられても、一面を飾るのがゴールデン・ルーキー。
いや、二軍生活すら強いられないで、負け試合の代打で出場しても、
トップ記事を飾るのが、“彼ら”だというのが、
総合格闘技界の巡るメディアの現状だ。

 

もちろん、日本の総合格闘技界の憂いは、この問題だけじゃないことも理解している。
特になぜ、若い選手が育ちづらい状況にあるのかという面では、
いくつかの要因も考えられる。

 

例えば、格闘技一本で生活できる状況にないなかで、才能があり、
将来を嘱望される選手たちが日本のトップに行きつくまでの経緯。
そこでの“鎬の削り合い”が厳しすぎるという見方を自分は持っている。
これについては、また機会があれば、書き記したいと思う。

 

相当数の文字数になってしまったので、
K-1の採点問題については、次回に持論を述べたい。

 

要はKO必至の競技体系に仕立て上げたのに、
ダウンを喫した選手が、2Pしか減点されないのが、問題のもと。
たった3Rしかない戦いのなかで、
ダウンを奪っても、
手数の多さと比較して、1Pしかポイント上の効力がない。

 

魔娑斗と佐藤の試合後、記者などメディア関係者が多く口にした
「K-1だから」というセリフ。
そう「K-1だから」こそ、
「このポイント差ではいけない」という、勝手な意見を書きたいと思う。

 

【関連リンク】


【Fight&Lifeコラム】Recent Topix in Fighting World 02/高島学
 

【 2008年10月17日 13:45 】

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