【Fight&Life vol.09】
>>>【Fujisan】で「ちら見する」
記事の一部を無料でご覧いただけます
某スポーツ総合誌――なんて、回りくどいは言い方はやめて――、
Numberの野茂英雄特集が、素晴らしかった。
たった一人の人間が、スポーツ誌でダントツの販売実績を誇る同誌の全面を飾ることが、最近の世の中にあって、とても新鮮だと感じた。
【関連リンク】
Number 714 (文芸春秋)
取材や打ち合わせで外出した折に購入しようと書店、コンビニばかりかキオスクまで覗いても、売り切ればかり。
発売開始から1週間が過ぎ、購入を諦めかけていた時(いくら、仕事をさせていただいたり、何かしら縁があっても、自分が執筆に関わっていない雑誌には、対価を支払うのが流儀だと思っている)、我が家から一番近いコンビニに置いてあったのには馬鹿負けしたが、
特集は一気に読み終えてしまった。
読み応えタップリ。これだけ個人的にツボにはまる特集があると、
この他の田臥勇太の記事や、
バレンティーノ・ロッシの1ページまで、ガンガンと胸に響いてきた。
NOMOMANIAならぬ、MONOPOWER。
久し振りに95年の自分を思い出させてくれた。
自分は、野茂の米国での活躍に凄く勇気づけられた人間の一人だ。
1995年、軽い気持ちでこの業界で働くようになり、
フッとしたきっかけで、本気になったとき、
東中野の風呂なし四畳半のアパートで、月収が10万以下、
年収はサラリーマン時代の5分の1という生活が待っていた。
(ちなみにアルバイトをしようと思ったら、関西弁だからと断られた)
その東中野のアパートから、一番近い中華料理屋さんのランチ、
たらふく食べて、1000円札でお釣りがくる。
当時の自分にとって、この有りがたいランチも、
週に1度か2度、食するのが関の山だった。
その週一か週二の晩餐は、
野茂が勝利した日、登板した記事がスポーツ新聞に掲載される日が多かった。
まったくもって、ナンセンスな話だけど、自分は先の見えない記者生活、
フリーの生活(プライドがズタズタにされる日々――)を送る最中、
現実を知ったとき――、野茂の記事に勇気をもらった。
業界に入り、あまりの嘘の多さ、
その嘘をついた本人に罪の意識が(あくまでも表面上は)ないことにビックリした。
一応、社会人生活を3年おくり、
世の中の仕組みをある程度は齧ってきた自分にとっても、
その本音と建前の違いの大きさは驚くべきものだった。
普段、話していることと記事の内容の違い。
普段、話していることを後記で少しでも匂わせようとしたとき耳にした――、
「そんなことしていたら、君は業界でやっていけなくなるよ」という囁き。
自分は、野茂の記事に勇気づけられていた。
海の向こう、最高のステージで彼が輝いた、彼の偉業を褒めたたえる記事のオンパレード、
東京に出てきた当時、真冬の誌面で、中傷されていた野茂。
梅雨の季節には、どの新聞も彼を称えるようになっていた。
野茂英雄という人に力を与えてもらえたのは、その成功だけでなく、
日本球界で行き場所をなくし、体制のなかでやっていくことができなかった反逆児が、
大志を抱き、さらに大きなステージに挑んだという背景があるからこそ。
反体制、そして成功。
誰もが憧れ、誰も成しえない、いや踏み出すことすらできない――、
そんな現実を受け入れる多くの者の前で、野茂はやってのけた。
だからこそ、パイオニアという名称を得ることができた。
格闘技界にパイオニアはいるのか。
世に総合格闘技のパイオニアという風に伝聞されているのは、宇野薫だ。
宇野薫は、宇野薫にしかできない格闘家人生を送ってきている。
総合格闘技を世に広める、そんな役割をいつの間にか担ってきた。
果たして、宇野薫はパイオニアだろうか?
プライムタイムで総合格闘技を中継するには、
五輪メダルや出場という肩書、貧しかった幼少時代など、サイドストーリーが不可欠だ。
そんななか、アマ修斗~プロ修斗~UFCという総合格闘技界で育ってきた宇野は、
いかつい&危険という格闘技のイメージとのギャップが重宝されやすい。
しかし、不幸な家族ネタとともにプライベートを披露することに嫌悪感を持つ彼は、
プライベート・ネタでサイドストーリーをつけることができない。
その他大勢ではない彼に、パイオニアという苦し紛れのネーミングがつけられた。
宇野薫がパイオニアとして、この世界の一端を担うこと(誰かさんの言い方を借りるなら、プロレス)の重要性を誰よりも認めつつ、
実は自分のなかで宇野薫はパイオニアではないと思っている。
彼は総合格闘技を、世に問うという部分で、その重責を担うパイオニアではあるが、
総合格闘技自体のパイオニアではない。
総合格闘技の確立、そのものでいうならば、宇野薫はコロニスト(入植者)。
責任感と覚悟を持った入植者だ。
フロンティア・スピリットをもって入植してきた者だと思う。
自分にとって、未来永劫に総合格闘技界のパイオニアは、佐藤ルミナ、ただ一人だ。
総合格闘技が、決してイコール真剣勝負でなかった時代に、
真剣勝負として確立させ、加えて世に認知されるために動き始めた世代の代表。
今も自分のなかでは佐藤ルミナをおいて、他に当てはまる格闘家は存在しない。
真剣勝負っぽく見せた、総合格闘技的なものが横行するなか、
誰に相手にされなくてもいい、自分たちは、自分たちの道を行く――という尊さと諦めが入り混じった、佐藤ルミナ以前の世代と違い、
彼らの世代は、自分たちのやっていることを世に認めさせようとした。
UFCに影響された彼らの試合からは、そんな意思が伝わってきた。
佐藤ルミナが初めてパウンドを試合で使った年、彼の同期といえる世代がデビューし、
プロ修斗の全試合でパウンドが解禁となった年が、
野茂が海を渡った1995年だ。
あれから14年、世の中が移り変わり、概ね良い方向に格闘技界が向かってきてもなお、ルミナたちの世代が忌み嫌った疑似格闘技を行っていた人間が、
平気で総合格闘技を語っている状況に変わりない。
もう時効だろうという気持ちもあるけど、
最近、格闘技を始めた若い世代が、彼らが行ってきた行為が真っ当なものだと
信じている(誰だって、専門誌を見ればそう思うだろう)という話を聞けば、
やはり過ちは過ちと伝えるべきマスコミの姿勢が、今も変わりないことは恥ずべきだ。
自分の過去を否定したくないがため、いつまでもそういう彼のリング外での功績を称え、リング上で行ってきた行為をチャラにする輩がいる限り、
彼を利用したビジネスは途絶えることなく、
彼は総合格闘技に対して、リセットの機会を失ったまま年を重ねていく。
プロレス界に戻ることができないのなら、前田日明は
ちょっとした満足感を持ちながら総合格闘技界を生きる、最大の被害者になってしまう。
年を重ねるのは、ルミナ以前やルミナの世代も同じ、マスコミもまた同じ。
それこそ野茂英雄という人が海外へ渡る決意をした時の日本球界に対する感情と、
今、彼が自分のできることで日本球界に貢献しようという想いが別モノになったように、
佐藤ルミナたちの世代も、今の役割をそんな総合格闘界で果たしている。
ただし、彼らが切り開いてきた総合格闘技は、この10数年で野球やベースボールと比較にならないほど進化を遂げ、
今や佐藤ルミナは現役ファイターとして、その進化の波に埋もれた存在になった。
現役生活を続けるなら、ガチャガチャとして総合格闘技でなく
幹のある、幹から枝がある総合格闘技へのシフトが必要だったが、
彼がその作業を怠ったことは、リング上を見る限り明らかだ。
だからこそ、次の舞台へ進もうという若い選手は、パイオニアを乗り越えて、
佐藤ルミナがこだわり続けてきた想いを、自身に取り込み、羽ばたこうとする。
修斗伝承――、佐藤ルミナを消化することで、
『修斗が行ってきた正しさを認めています。そして、僕は、私は、俺は、僕たちは――、次の舞台へ行かせてもらいます』――、
それが若きファイター陣営にとっての佐藤ルミナ戦を所望する要因だと自分は思う。
例えば、11月29日にルミナと対戦する日沖発。
彼の方が、今の総合格闘技として、その完成度はずっと高い。
ルミナをステップに、国内への想いに踏ん切りをつけて、最高峰で頂点を目指してほしい。
と同時に、ルミナの一芸に期待したい。
簡単にステップボードになる、
ルミナを超えれば許される――なんて空気を壊してほしい。
小田原に素晴らしい自らの城を築いたルミナ――、
自分の世界を持つ、彼だからこそ創りあげることができた生活空間がある。
だからこそ、そこに完全に浸る前に、パイオニアの最後の意地を見せてほしい。
ルミナ人気が礎となって生まれた修斗の世界観、実現できたヒエラルキー。
そこから育った日沖発に、パイオニアの意地を見せてほしい。
決して遠くない引退、ルミナには勝ってリングを下りろと言いたい。
そして、Numberと野茂とまではいかなくとも、
専門誌とルミナ、総合格闘技の未来につながる特集を組ませてほしい。
http://www.fnlweb.com/mtv33/mt-tb.cgi/3567