【Fight&Lifeコラム】Musashibo meets Legend/高島学

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「俺と彼は、15年来の付き合いだ。彼と話すときは、私と話すつもりで接してくれ」


 



今月の初め、フロリダを訪れた時、とあるファイターの取材をした。

その先、ファイターに同行したマネージャーが、インタビュアーが日本人だということで、

急に取材を受けることに、難色を示し始めた。

理由は以前、日本のプロモーションに契約を反故にされた、

自分がマネージメントしている選手を引き抜かれそうになった――というもの。

つまり、日本が嫌いだということ。



 



あからさまに日本のマスコミなんて相手にできないという風だった

マネージャー様の固い表情が、冒頭の言葉で少し和らぎ、

自分と言葉を交換し始めると、あとはごくごく普通の対応をしてくれるようになった。



 



言葉の主は、アンドレ・ヴィニシウス・アウルンヘイメウ。

この業界では、ベンケイの名が知れ渡っているコンディショニング・トレーナーだ。



 



自らのファイターの命運を握っているトレーナーの鶴の一声、

マネージャー様も彼の“指導”に従うしかなかったのだ。





(15年来ねぇ、、、本当は5年ぐらいだと思うんやけどねぇ)
ベンケイと初めて会ったのは、2003年の8月。リオデジャネイロだったはず。
ウニベルソ・ファイトチームというバーリトゥード・チームで
極真とコンディショニングをみているという彼は、選手のマネージャーも務めていた。
当時、ウニベルソFTに属していたルイス・ブスカペを取材した際、
ベンケイが一緒にやってきたと記憶している。

 

ただ、自分の場合、「初めまして」と挨拶して、
「いや、君とは以前に×××で会っているよ」と返答されることも少なくなく、
ベンケイとも、それより前に他のファイターの取材や、大会会場で顔を合わせていたこともあるかもしれない。

 

ただ、15年はない。15年前の自分は名古屋でサラリーマンをしていたんだから。

 

まぁ、ある意味ブラジリアンだ。
でも、このベンケイ、約束の時間は守るし、年上を敬うという
ちょっと自分らが持っているブラジル人のイメージとは違うキャラクターの持ち主だ。

 

今、MMAで流行しているヘビー・ダイエットとリターニング論で
右に出るものはおらず、肉体とファイティング、
そして精神面のケアできる科学と根性論を持ち合わせる人物。

 

体のことを知っていても、MMAを理解していないトレーナーは少なくない。
コンディショニングとファイティングでは、ずっとコンディショニングの歴史の方が長い。
格闘家の体づくりに際して、戦うことより、体づくりを優先するケースも少なくない。

 

戦う気持ちを理解しているのは、
自らが極真空手を学び(実はフランシスコ・フィリョとも旧知の仲)、
日本人の師匠を持つから。
35歳を過ぎてトーナメント復帰を果たしたこともある熱血漢は、
自らがくじけそうになった経験、血気盛んだった時期を顧みて、
ファイターたちを叱咤激励できる。

 

コンディショニング・コーチというのは、彼のビジネスカードに表記された肩書で、
本当のところはファイターたちの精神的支柱という存在だ。

 

最先端のマシンの効用から、一見単純に見えるウェイト器具の使い方、
自らの荷重を利用したトレーニング。
選手のコンディショニングに応じ、一人ひとりのメニューを作成し、
もちろん試合前とそうでない期間の練習方法も全く違ってくる。

 

ステロイドもサプリメントも知りつくし、
ベンケイ・スペシャルと呼ばれている、リカバーリングの際のエナジードリンクの配合はATTファイターの強さの秘密とも言われている。

 

その一方で、昔堅気の一面を持つベンケイは、「ATTはリアルファミリー」という譲れない中心軸があり、最近マネージメント拡張傾向にある同チームの方針と衝突。
「普段は他のチームで練習し、プロ練習だけ参加するファイターは私の家族じゃない。
そんなファイターが増えることは、ATTはマクドナルドと同じだ」という持論を曲げず、
ついにチームを去ることになった。
(※今もチーム復帰を促すATT首脳も多く、話し合いは継続的に行われている)

 

フロリダに残り、プライム・タイムという超科学的フィットネスジムで
プライベート・レッスンを受け持つようになった彼の指導を受けるには
『ATTのファイターとは戦わない』という契約書にサインをする必要がある。

古風な一面を持ちつつ、ベンケイ・レシピを公開し、ベンケイ・ブランドのスポーツドリンクを米国で商品化するというビジネスも展開し始めた――、
そんな彼がドライブする車で、ヒリオン・グレイシーのアカデミーを訪れた。

 

米国滞在中に国際運転免許証を紛失してしまった自分は、
フロリダでレンタカーを借りることができなくなり、
ベンケイが5日間の滞在中、ドライバーを務めてくれたのだ。

 

ヒリオン・グレイシーは、今もグレイシー・ダイエットを続ける古流グレイシーの代表格というように、自分の耳に伝わっていた。

 

現代MMAの最先端を行くベンケイと、グレイシーの伝統を守るヒリオン。

 

フィジカル・コーチというベンケイの職業をヒリオンが否定し、
訪問を断られたらどうしようか――。
反対にフィジカル・トレーニングを否定するヒリオンに、
ベンケイが嘲笑を交えながら、喰ってかかったら――。

 

取材前はそんなことが頭を過り続けていた。
だからこそ、しっかりとベンケイのことをヒリオンに紹介すべきだし、
彼の身分を隠したままで取材を行うほどアンフェアなことはない。
それで取材を固辞されれば、それまでのことだ。
そう決心し、アカデミーに歩を進めた。

 

全ては取り越し苦労であることが、1時間のインタビューで分かった。
この事実がヒリオン・グレイシーというグレイシーを取材し、
得ることができた成果を端的に表している。

 

彼の柔術に対する考え方は、ホリオン、ヒクソン、ヘンゾ、カリーニョス、ホジャー、
どのグレイシーとも一線を画していた。
多くのグレイシーが、自らの柔術論を持つなか、
ヒリオンは彼らの考え全てを肯定しつつ、我が道を進んでいる。
競技柔術、セルフディフェンス、MMA、バーリトゥード、ウェイ・オブ・ジウジツ、
全てを受け入れた彼の柔術こそ、
グレイシー柔術の始祖カーロス・グレイシーの教えとは、
こういうことだったのではなかったのかと思えた。

 

「MMAのフィジカル・コーチ? それは大変な仕事をしているね。
今やMMAには欠かせない分野だからね」
こうヒリオンは、ベンケイを迎えた。

 

インタビューの様子を横から眺め、時折英語とポルトガル語のやり取りを補佐してくれたベンケイは、取材終了後、ヒリオンに両手を差し出し、
「あなたはリアル・マスター。あなたこそ、マスター・グレイシーだ」と
頬を紅潮させていた。

 

現代MMAの進歩の象徴と、バーリトゥードの始祖の出会い。
かなり、刺激的だった。


【 2008年10月02日 17:48 】

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