【Fight&Lifeコラム】The making waves in the calm./高島学


【最新号情報】

%EF%BC%A6%EF%BC%86%EF%BC%AC08%E3%80%80%EF%BD%83%EF%BD%8F%EF%BD%96%EF%BD%85%EF%BD%92.jpg
>>>Amazonでチェック



0910takashima.jpg


自分は、こういう仕事についているが文章が下手だ。

 

カキモノというのは、才能のある人がする仕事で、
自分にはその才能がない。

 

小学校の頃も、中学も、そして能力別に振り分けられた高校でも
国語は5段階中「3」ばかりだった。古文という教科ができると、それは「4」か「5」だったけど現国はずっと「3」だったし、作文や詩の類で褒められたこともない。
(ちなみに英語はというと、夏休みの補修のせいで、高校時代はバスケットボール部にとって、一番大切な夏のインハイ予選に間に合わないこともあった。
教科書をまる写しを何回かして、単位をもらったこともある)

 

初めて長い日本語を書いたのは、高二の時に停学をくらい、
1週間、毎日、原稿用紙10枚ぐらい反省文を書かないといけなくなった。
思えば、このときは心にもないことを文字にするのは平気だったな。

 

その次に長い日本語を書いたのは、大学の卒論だから、本当に日本を書き記す
仕事に就くなんて、想像もできなかったし、
今も別の生き方をしている自分を想像することが多分にある。



この仕事が好きだから、
下手は下手なりに、人々の興味のあることや、
人々の知らないことなど、記事に織り交ぜることで、なんとか仕事にしている。

 

自分の文章能力のなさを、酒の席だが叱責してくれたのが、
某Iさんだった。
自分は彼のことをI兄ィと呼んでいる。

 

2001年の10月か11月、下北で飲んでいて、
I兄ィに『高島、お前は本当に原稿が下手だ。だから、いっぱい本を読め』、
『司馬遼太郎以外のものをちゃんと読め。そうでないと、ずっと下手なままだぞ』と、
13回ぐらい、同じことを言われ、さすがに嫌気がさしたけど、
納得できる部分があったので、なんとか拳を振り上げることは控えることができた。
その叱責以前も以後も、海外での取材の折、できるだけ文章を読むようにしている。

 

あまりミステリーが好きでない。
殺人とSEX、恋愛のこじれがなく、
それでいて読ませることができる作家先生のカキモノが好きだ。
いつの間にか、そんな風になった。

 

文章は、人それぞれスタイルがある。
シンガーソングライターの楽曲が似通っているように、作家先生のカキモノも
あるいは先輩・後輩ライター、記者の記事も、個々の文章というものは似通っている。
上手な人は上手に。
下手は下手なりに、似通ってくる。

 

接続詞を使わず、分節自体で接続詞の役割を果たす原稿を書ける人こそ、
本当の意味で、この仕事をすべき天賦の才の持ち主だと思う。
特に逆接を用いないで、原稿を書くことができる人に憧れてしまう。

 

単語そのものを書き記すのでなく、その言葉を形容する言葉の組み合わせで、
その単語を書き表わすことができる人を尊敬する。

 

普段からエキセントリックに物事を書き記したり、
謎かけに近いような湾曲的な表現をせざるを得ないことも多い自分にとって、
そういう風にきれいな文章を書ける人、憧れの対象は女性作家の方が多い。
江國香織さん、あさのあつこさん。
お二方は自分のなかで、双璧だ。
文学的な見地や、難しい御託を並べる人にとって、このお二方がどのように捉えられているのか、自分はまったく知らない。
大体、文学とはかけ離れた成長期を送ってきたから、今もそういう論評に興味がない。

 

そんな論評より、立力、スクランブルの対応、抑え込みのほうに興味がある。

 

曲がりなりにも記事を書くことを生業にするようになって、
ハリウッド映画のように最初か最後に人が死ぬ、
そこに恋愛がかかわってくる作りでなくても、 
誰もが心穏やかなまま、物語を読める文章が書けるということに、
自分はひきつけられてやまない。
(同時に、金城一紀氏の
本も大好き――です)

 

難しくないことを書く。
読みやすいものを書く。
簡単に書かない。

 

格闘技を伝える上で、どこか、わかる人にわかればいい――という風になっているし、
わかる人を増やすために、どうすればいいのか、
答えが出ないまま13年も時間が過ぎようとしている。

 

いや、最初の3年ぐらいは、人並みに通じることを書くのが目標だったし、
雑誌の方針のまま記事をかいていたので、実際は10年ぐらいか――。

 

書けないことは、どの業界でもある。
それを書くのが、ジャーナリズムかもしれない。
でも、暴露はジャーナリズムとは思っていない。
暴露にならずに、正調・ジャーナリズムを展開するには、どうすればいいのか。

 

ハリケーンの気配なんて、ほとんどないフロリダはフォートローダーデイルの夜、
WECの開催がなくなった米国の地で、こんなことを改めて思うのは、
現地で会ったファイター、練習生の言葉、
少なからず心の奥底に触れる言葉を聞き拾ってしまったから。

 

生き残りに懸命な雑誌業界に身を置く自分、
ひとりひとりが生き抜く上で何が必要かを考えないと、
紙が作れなくなりつつあるなかで、理想を持ち続けることに疲れを感じていた。

 

「NYからこっちにきたけど、3年前に見たG・G(自分の記者としての在り方を、問うたシリーズ)は最高だった。もう、続きは出ないの?」

 

「日本の雑誌が、僕を一番最初に表紙にしてくれたんだ」なんて、言葉を聞くと、
中年になろうとしていた(なっていたかも)のに、純粋だった頃を思い出す。
いや、純粋とかじゃないな――、自分のそういう部分を武器に交渉材料にしていたし、
今より――、そうだ、未来を信じていた。希望を持っていたんだと思う。

 

どれだけ生き残りに必死になろうが、
どれだけ目の前の難事をクリアすることが大切だろうが――、
自分らは、この業界の未来を信じないといけない。
明るい未来に行きつくことをあきらめてはいけない。

 

原稿がうまくなることを、あきらめてはいけない。

 

『格闘技なんて、所詮こんなもの』なんて、大会の大小、歴史に左右されて
斜に構えてしまうと、何も生まれてこない。
海外なのか、地方なのか、人間なのか、技術なのか、試合レポートなのか、
あるいは噂話なのか。
ネットと紙媒体、DVD付の雑誌、色々な格闘技の伝え方があるなかで、
“所詮“という考え方だけは、改めてしないよう心掛けたい。

 

ちょっと、ビビりながら現地入りを果たしたフロリダで、
また考えさせられた。
やってきて(結果論だけど)良かったと思う。

【 2008年09月10日 18:36 】

トラックバック

この記事のトラックバックURL :

http://www.fnlweb.com/mtv33/mt-tb.cgi/3386

この記事へのトラックバック

コメント




ログイン情報を記憶しますか?

(スタイル用のHTMLタグが使えます)