【Fight&Lifeコラム】How to report / How we should report about KAKUTOGI/高島学

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伝えるって、どういうことだろうか?

格闘技って、どんな風に伝えればいいのだろうか。



 



答は出ない。正解を導きだすことができないのに、何かの機会があることに

深く考えてしまう。



 



格闘技専門誌に記事を書いている人間として、格闘技をどのように伝えるのか――ということに対して。



 



それは試合結果であり、

攻防、理想的な技術であり、

模範的なテクニック、

大会を盛り上げるためのプレビューであり、

盛り上がった大会のレビューでもある。



 



レビューは人であり、技術でもあり、

プレビューも同様だ。


 

世界のトップ選手、日本のトップ選手、
日本の格闘技愛好家、日本のスター選手。

 

インタビュー、試合写真、技術の分析写真、
本文、キャプション、カラーページ、2色ページ、モノクロ・ページ。
伝えるための手段、武器、足枷、たくさんの要素があり、
格闘技を伝えていく。

 

世の中では、
格闘技とは――、見るだけなら当然だが、
練習をしたり、汗を流すという部分でも、別になくても、構わないモノだ。

 

格闘技を習っているからといって、特別、得をするということもない。
楽しいからやる、楽しいから見る、楽しいから読む――モノだ。

 

これが外国語会話や調理などのお稽古ごととの大きな違い。
実用書と格闘技雑誌の大きな違い。
趣味と実益を兼ねる――格闘技はほとんどない(と思う)。

 

格闘技雑誌は格闘技が好きな人のために存在しているが、
多くの読者の日々の生活の中では、
(自分にとっての)モータースポーツ雑誌やサッカー専門誌と同じように、
好きな本人ですら、読まなくても、生活に何か影響があるかといえば、別にない。

 

趣味とはそういうもので、実益を兼ねてしまった者だけが、
(自分のように)そのあり方を深く考える。

 

何を伝えるのか。
また、ちょっと考えさせられる出来事が、この1週間で2度ほどあった。

 

DREAMライト級GP決勝大会。
宇野薫の顔が歪んで見えた瞬間、彼の表情が白い霧の向こうで見えなくなった。
まさか、あの宇野薫が、あそこで涙を見せるとは――。

 

大会後、実家の神戸に身を寄せ、
神戸&高槻で取材を行っている間、
HDDに録ってもらっていたTBSのDREAM中継を視た。

 

宇野の入場式。彼の涙に触れないアナウンサー。
『不幸な家族』物語など、プライベートの様子が煽りVで流せない、
流すことを許容しない選手の場合、
目の前にある現実は、言葉にする必要がないだろうか。

 

あるいは、伝えることができないことになっているのだろうか。

 

試合中のTKの溌剌とした言葉と対照的に、いたく窮屈な感じがする。
なんか、歪だ。

 

自分はDREAM中継のTKの解説が大好きだ。
技術的なことになると、TKは縛りのない解説を縦横無尽に行っている。
だからといって、視聴者不在かといえば、そんなことはない。
TKは分かってほしくて、格闘技の楽しさ、凄さを
『楽しい』とか『凄い』という言葉を用いずに話している。

 

TKが伝えようとしていることは、
専門誌を買ったり、実際にジムや道場で汗を流していない
視聴者の人にとって、意味が分からないことも多々あると思う。

 

でも、何か大切なことを話そうとしていることは、理解されているに違いない。
そこから、興味を持ってもらえることは十分にある。

 

知らないから、理解されにくいから、だんまりを決め込むのでなく――、
説明する。
話す、しゃべる。

 

TKの解説を聞く前と、聞いた後では、攻防への興味の持ち方が変わってくるに違いない。

 

海の向こう、米国のCBSで中継されたキンボもジナ・カラーノもいない
EXCの中継、その視聴率は大幅にダウンしたようだ。

 

キンボが出ないから、ジナが出ないから、視聴者の数は減ったのか。
彼らの試合を見たから、今回は見る者が減ってしまったのか。
その答えも、また出辛いものだが、前者として捉えられることが多いだろう。

 

大会途中にインタビューされたキンボの受け答えは、それはそれは模範的なものだった。
また、中継のなかでフランク・シャムロックが技術解説を実演した映像が流された。
一般視聴者は、MMAに造詣が深くないから、説明する――ということで、
CBSが制作しているなら、ちょっとアチラが羨ましい気もする。
色々、考える必要もなく、分かってもらうことに邁進できるっていうのは、
自分の知る限りにおいて、日本のメディアにはあまりないことだ。

 

そういえば、中継中にICON、KOTC、ROTR、修斗、ボードッグという組織名が、
何度もアナウスンサーの口をついて出ていた。

 

従来のスポーツ中継で、
画面に映し出された選手の出身大学、出身高校、所属チームが紹介されるように、
出場ファイターの前歴がごく普通に紹介される。

 

目の前にある現実を、まず伝えるのが、メディアの仕事。

 

だが、この国では現実を事実として、伝えるだけでは、
格闘技というジャンルに発展はない――と判断されてきたのも確か。

 

そこに夢やファンタジーを加えるのも、またメディアの仕事。

 

ただし、もうそういうベクトルを用いる必要は、今はもうないと自分は思うし、
夢やファンタジーを否定するからこそ、生まれる格闘技ビジネスも存在する。

 

夢やファンタジーが、格闘技を巣食う根源となっている場合もある。

 

自分との立場の違い、ビジネススケールの違いで
夢やファンタジーが必要となるケースが多々あることも承知の上だけど、
事実を自分たちの都合のよい風に曲解して伝えるのは、
これはもう、風説の流布と同じだとも思っている。

 

格闘技をどう伝えるのか。

 

メディアとして、自らが興味のあるもの、
編集者が興味を示すもの、
読者が興味を持っていると思われるであろうものを、伝える。

 

そうでないものは、実益を兼ねている人間にとって、順序は後ろ送りとなり、力を入れることは少なくなってしまうのも事実。

 

今、格闘技を見ている、やっている人達の目線がどこにあるのか。
どこの層をターゲットにして、ビジネス展開していくのか。

 

編集部の人が、そこを判断し、
ライターの自分は、その部分に符合する仕事を請い、仕事を受ける。
んで、やっぱり自分が興味を持つものが、その最優先事項になる――って、
何にも解決していないことに、改めて気付かされるわけだ。






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【 2008年07月28日 14:11 】

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