ブラジリアン柔術の中井、修斗の中井、
テクニックの中井、日本格闘技界の中井。
その存在感の大きさから、業界全体を受け皿にした問答しかしてこなかった。
もう、何年も……。パラエストラは、中井祐樹の城だ。
中井祐樹の格闘技感は、彼の考えるパラエストラ論の中にある。
『Fight&Life vol.01』 で行なったインタビューに引き続き、
Webでは、その続編をお届けします。
『出稽古論』、『プロ興行論』に続き、『ネットワーク経営論』をどうぞ。
※パラエストラ論は今回が最終回です。
取材・文=高島学
撮影=矢吹建夫
――そのように中井さんにお話していただいたことは、
パラエストラの支部には浸透していることなんでしょうか。
「基本的には伝わっています。支部長会議もありますし。
もちろん、伝わりきらない部分もあるので、
100パーセントとは言えないでしょうが」
――格闘技界には、いやらしい言い方をすると
上納金制度というものもあるのですが。
「それは別にいやらしいものではないと思います。
普通の店で考えても、
色んなあり方が存在するわけですし。
ただ、チェーン店のような
完全フランチャイズというのは難しいと思います。
看板から何から、道場の中身、接客態度も
同じというのはできないです。
それよりも、ボランタリー・チェーンというのですか、
そういう緩やかなつながりにしたいと思います」
――横のつながりがある、組織集合体ということですね。
「パラエストラには、
完全独立採算性というイメージもありますが、
それも噂の域を出ていない話だと捉えてください」
――実は自分は、パラエストラには
中井祐樹という存在があってこそ、
生きることができる支部もあると思うんです。
だから、上納金が悪いことだと全く思っていないですし。
逆にいうと、パラエストラという名前があるかぎり、
中井祐樹のテクニックを学ぶことが出来るんだと
思って入門してくる人がいるということ。
そして、中に入ってみて、
違うナァと思う入門者が出ると
困るなんてこともないだろうかと思ったりするんですよ。
「僕は指導方法などについては相談にのっていますが、
ジムは各自の持ち物なんで、
教えるシステムについて強要することはないです。
それぞれが個々のやり方でやるべきものだと思っています。
その意味でも、フランチャイズではないですね。
格闘技でフランチャイズって、できるのでしょうか?
知らないこともありますが、少なくとも
フランチャイズというのは僕の考えにはないです。
だから、背負い投げから指導する
というジムがあってもいいと思っています。
指導者の考えでやっていくべきだと思います」
――格闘技にはレシピがないので、
シェフの力による部分が大きくなります。
「ただ、支部の皆は僕と同門だよ――
という言い方はできます。
地方の人たちとも同門として一緒に存在しますし、
雲の上の人間ではないですから。
これはいつも、話させていただいています。
居丈高でなく、フランクに話すほうが好きですし。
まぁ、そんな僕のことはどうでもいいんですが(笑)、
道場は支部長のやり方で動いていけるように
はかりたいと思っています。
地域事情、建物の事情、いろいろな状況がありますからね」
――パラエストラ同士が、近隣に支部を作り、
競合しあうようなことがないように、
注意を払うなどということは?
「それは多少、あります。やっていますね。
それでも、ある程度は修正の繰り返しですし。
地方のパラエストラがプロ興行に乗り出す
という話も常にありますし。
その土地でヒーローが生まれ、
そこで輝けるように支部長もやっています」
――パラエストラ誕生から10年目を迎え、
最初に描いていたことのどれぐらいが達成できましたか。
「ほとんど達成できてしまっていることもあります。
続けるということが、僕のなかでは大きなことだったんで。
格闘技界には、すぐに止めてしまう人が多かった。
僕も止めたものもあるから、
言えた義理ではないのですが、
なるべく継続してやっていこうと。
ステージを変えるのなら、より発展するのか、
縮小するのかを見究めて。
渡すものは渡して、自分の役割を認識し、
歯車になることが大切だと思っていました」
――次の10年で成し遂げたい、
ステップアップとして目指すものは何でしょうか。
「この10年で競技世界が熟成し、
ようやく道場と向き合えるようになったんで、
より良い道場になっていきたい。それが一番です。
ある程度、自分が競技の全てを担わなくても
進行するようになったので、
選手に目を向けることができるようになりましたし。
どのような言葉で伝えた方が伸びていくのだとか、
体の使い方もどうすれば、
より多くの人に効果を実感してもらえるのだとか。
どうすれば、もっと効果的な攻め方、
守り方ができるのか――、
そういう掘り起こされていない部分は
切りがないほど残っていて、
自分の興味の対象もそこにありますから」
――ここに来るまで必要な10年、
それが競技面の基礎を作るのに
労力を惜しまなかった10年だったということですね。
では、これからは柔術や修斗でなく、
今後はパラエストラの中井祐樹を
推し進める10年になるということでしょうか。
「う?ん、どうでしょうね。
今までやってきたことを変える必要も
特にないと思っていますので。
人がどういう風に捉えるのか、
それはそれぞれで結構ですから。
柔術の中井祐樹、修斗の中井祐樹と
思う人もいるでしょうし、
何よりも『格闘技はルール』だと
言い続けることができる、
そういう自分であり続けることだと思っています。
そこから先は――、
格闘技の技術とかはある程度、
見渡せるところまで来ていますので、
自分の生き方を持てる人間を創っていけるよう、
自分自身を磨いていくことでしょうね。
叱り続けて強くする、突き放して強くする――、
そういうものも見えるようになってきました。
より良い人間を創ることができる道場が増えていくよう、
自分自身が探求し続けることですね。
反発する人、後に続く人がいてくれて、
より良い格闘技道場にしていきたいです」
――パラエストラはやはり、道場ということですね。
道場って本当、英語にしたりできない難しい言葉なんですよね。
「ジムではないですよね。アカデミーアとも違いますし。
パラエストラという道場は、学校に近いと思います。
そして、ここを超えるものを皆さんが創れると思っています。
僕は色々なものを吸収して、
それを噛み砕いてやってきました。
だから反発されてもOKですし、
ここからオリジナルを創ってもらってもOKですし。
だから、この程度のものは誰でも創れるし、
何かが秀でた人間ではなかったわけですから。
僕には誰でもなれる。現に選手では、
もう僕を追い抜いた者もいます。
僕と違う才能、プロモートの才能を持った奴もいるし、
マネージメント、トレーナーとしての才能を
持った人間が生まれています。
そして、もっともっと生まれてくるはずです。
今のレベルが低いわけじゃないですが、
自分がトップランナーでなく、
横にライバルがいるという状態になったので、
もっともっと上げることができる。
競技会において、明確にライバルと
思える道場もありますしね。
僕よりも生徒の方が意識しているようですが(笑)。
どう足掻いても、僕は僕以外になりえないので、
自分のやりかたでやっていきます。
個性というのは、自分であればいいので
放っておいても大丈夫だし(笑)。
もっと面白いものになるはずなんで、
それを追求していきたいと思います」
おわり。
■関連リンク
[公式]パラエストラ東京
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