【長島☆自演乙☆雄一郎活躍の舞台裏2】総合時代の超レア写真公開!/高崎計三

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 長島の公式戦績は、MAX出場決定時点で11戦11勝(8KO)。実は一時期、この数字が微妙に変動した。





 情報操作やねつ造があったわけではない。当初、プロフィルとして発表された戦績の中で、本人としてはプロデビュー以前という認識だった試合が含まれており、その分が削除されたのだ。といっても、削除された分も全て勝ち星だったのだから、知らんぷりして含んでおいてもよさそうなものだが、こういう点に彼の格闘家としての一面も垣間見える。





 ここでもう一度、彼の闘いの歴史を整理しておこう。小・中で柔道、高校で空手を経験。空手では全日本ジュニア準優勝という成績も残っている。そして高校生時代の02年、神戸で行われていた“プロ柔道(打撃あり)”の大会、「J-DO」に1度、出場している。





 この「J-DO」出場準備の過程で日本拳法に出会い、大学で日拳部に入部。4年次の06年に西日本学生選手権ベスト4、のじぎく兵庫国体一般男子の部2位という成績を残している。





 その後、04年に神戸で行われている立ち技イベント「格闘武道会ACCEL」に「拳法代表」として出場。05年末までに3試合し、全勝(1KO)している。前述の「削除された記録」はこの3試合のことで、本人の認識としてはこの3試合は「セミプロ時代」ということだ。





 総合に出場したのは05年8月のPOWERGATE大阪大会が最初で、この時はのちにパンクラスにも上がっている高田谷悟に1R一本負けを喫している。06年4月からは「Team Boon!」所属で総合の大会「REAL RHYTHM」のアマ部門、「ダブルアール」のライト級トーナメントに出場。4月の2試合、7月の決勝と3試合全てを1R勝利で決め、堂々の優勝を果たした。




 同年10月にはパンクラス大阪大会でパンクラスゲートに出場、ここではわずか12秒でKO勝利。ちなみに対戦したのは昨年1月、DEEPフューチャーキングトーナメントを制した長堂嘉夢だ。翌11月にはREAL RHYTHM大阪大会に出場、これが総合プロデビュー戦となるが、この時は柴博に2R判定負けを喫した。総合戦績はここまでで、プロ・アマ含め6戦4勝2敗ということになる。





 キックでのデビュー戦は07年4月のNJKF大阪大会で、1RKO勝利。リングネームに「自演乙」がつくのはこの試合からで、前述の11戦11勝(8KO)というのは、ここから08年12月のDEEPでの試合までをカウントした数字、ということになる。





 実際に筆者が長島の試合を目にしたのは07年10月、MARSでの丸山純一戦だった(実は06年10月のパンクラスゲートも取材しているはずなのだが、残念ながらメモ、写真、記憶ともに残っておらず……)。この試合ではキックルールで1RKO勝利。だが、彼が「一番自分向き」と言っていたのは、次の12月大会から経験した「ブラスターバウト・ルール」だった。





 このルールは極めて大ざっぱに言えば、「オープンフィンガーグローブ(OFG)着用でのシュートボクシング・ルール」。有効な攻撃はスタンドでの打撃(対戦者同士が同意すればヒジもあり)、投げ、立ち関節。投げはレフェリー・ジャッジが有効と判断すればポイントとなる。グラウンドでの展開はないが、立ち関節技が極まった状態で倒れ込んだ場合は続行となり、タップかギブアップすれば終了、技が解ければブレイクというもの。立ち技が基本で柔道も通過し、総合の経験もある長島には確かにうってつけのルールだ。





 長島はこのルールで3試合しているが、スタンドでの突進力は変わらず発揮していた上、ちゃんと投げ、関節技も出している。圧巻だったのは08年2月のK・ウォーワンチャイ戦、パンチで出してきた相手の腕を掴んで脇固めに取り、そのまま体重をかけてマットに落とした場面だった。一本には成らなかったが、長島の瞬間的なひらめきと柔軟性、そしてそれを躊躇しない攻撃性がよく表れたシーンだったと思う(同時に、このルールが選手たちにとっていかに危険かを体現した瞬間でもあった)。のみならず、相手の蹴り足を取ってヒザ十字に入り、そのままグラウンドに移行するという離れ業も見せている。


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 日拳式のストレートを得意とする長島にとっては、ボクシンググローブより小さいOFGはガードの間を通りやすいので都合がよく、加えてタイ人や生粋の打撃系選手には未体験のこのような攻撃も出せる。彼がこのルールで3戦3勝し、王座決定トーナメントAブロックで優勝した(08年2月)のも当然と言える結果だった。ちなみにこのトーナメント、後日にBブロックも行われたが、それを最後にMARSの大会自体が行われていないため、王座決定戦は行われていない……。





 付け加えておくと、この頃から彼のプロフィル写真は「涼宮ハルヒ」のコスプレで、入場時にコスプレでダンスをするのも今と同じ。トーナメントが行われたのは新宿FACEだったが、作りがコンパクトで入場通路がステージ代わりに使えるFACEは、彼の入場にはかなり適した会場だった。まだ、彼が“知る人ぞ知る”……いや、そのちょっと手前、あたりだった頃の話(といってもほんの1年前だが)である。





 彼のキャリアで大きな分岐点となったのは、やはり次のNJKF大阪大会、健太戦だろう。次回はこの健太戦を含め、NJKFでの3試合について書くことにする。





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【 2009年03月02日 10:52 】

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