【Fight&Life vol.09】
>>>【Fujisan】で「ちら見する」
記事の一部を無料でご覧いただけます
総合格闘技のDVDが豊富!
2006年、日本では初となるBJJ国際大会「アジア選手権」が行われた。2年ぶりとなる今年のアジア選手権にも、日本のトップ黒帯柔術家が大挙出場するが、そんな注目の選手たちを紹介していくこのコーナー。第4回はアダルト黒帯プルーマ級に出場する、広島の重鎮・藤田善弘選手です!
取材・文・撮影_松浦俊秀
text&photo=Toshihide Matsuura
「強い弱いじゃない。ギを着ているときは黒帯として恥ずかしくない人間性を養いたい」
――藤田柔術は入会費・月会費が無料で、施設使用料さえ払えば誰でも練習に参加することができます。利益抜きでほぼ毎日、指導を行う。これって、実は凄いことですよね。
藤田 いや、指導というか基本的には自分の練習をしているだけなんで。子供に柔術を教えたりもしていますけど、週6回のクラスといっても、ほとんど自分のための練習ですから。
――仕事と練習漬けの生活は、もう何年になるんですか。
藤田 ほぼ休みなしで15年くらいかな。続けられた理由は結局、好きだからでしょうね。あとはいい汗をかいて家に帰ると、お酒がおいしいし。それが結構大きいかな(笑)。
――晩酌は毎日?
藤田 まあ、そんな感じで(苦笑)。
――そもそも藤田選手と柔術の付き合いは、もう何年になりますか?
藤田 どうなんでしょう。元々は柔道をやっていたんですけど、あとは自己流ですから。特別、誰かから集中的に学んだという経験がないので、その辺はよく分からないですね。
――藤田選手が試合に出始めた頃は、技術体系も確立されていない時代ですしね。地方では誰かに学ぼうと思っても、その場がないというか。
藤田 なのでブラジリアン柔術を始めたという意味では、結構最近だと思いますよ。それと似たようなことは前からやっていましたけど。パラエストラ広島の前は口田体協という地域の柔道クラブで活動していて、それが終わったあと柔術に似たようなことを練習していたんですよ。道衣を着たままやっていたから、似たようなことは15年前からやっていたことになるのかな。
――パラエストラ広島ができてから、ある程度は本格的になったわけですか。
藤田 まあ、そうですね。だから2000年くらいからでしょう。と言っても、パラエストラ広島の設立は、自分からお願いしたんですけどね。私の方から「広島でやりたいんですけど」とお願いして。正直、今までは1人でやっていたというわけじゃないけど、今のような感じでどこにも属さずやっていたんです。それで有名なジムとか関東の方の選手に勝つ、ということに結構プライドを持っていたんですよね。でも、そのころ広島フリーファイトという名前で中井(祐樹)先生や若林(太郎)さんに何回か大会を開いてもらっていまして、そこで出会ったお2人と話をしたり飲んだりしていくなかで、だんだん中井先生と若林さんのことを好きになっていったんです。そのとき初めてパラエストラで、この人の下でやってみたいと思ったんですよね。
――なるほど。藤田選手が動いたことで、今の広島の形が築かれていったんですね。
藤田 それは、どうなのかな…。まあ、そう言ってもらえれば(微笑)。あと今のは綺麗事で、その当時は私自身がプロ修斗に出ていて、所属がパラエストラになれば、そのころまだアマチュアだった冨樫(健一郎)とか坂井(圭介)とかにチャンスが増えるんじゃないかと思ったんですよ。そういう思いも正直、ありましたね。
――いずれにせよ現在の広島の形を作り、また寝技の強い選手を多く輩出しているのは藤田選手の功績でしょうね。
藤田 まあ、そう言ってもらえれば(微笑)。
――先程と同じセリフですね(笑)。
藤田 でも初期のころは冨樫とか坂井だけでも、いい練習になりましたから。今は人も増えましたし、ブラジル人もたくさんいるので、それがいい練習になっている要因でしょう。
――そのなかで藤田さんはプロ修斗を引退して、柔術の世界で活躍し始めることになります。改めて藤田選手が思う柔術の魅力とは何でしょうか。
藤田 藤田柔術としてやり始めたころは、週に1回、2~3人くらいで練習を始めたんですけど、毎日やり始めるようになると子供から大人まで色々な人が集まり始めたんですよ。そうなると出会いが楽しいというか。その出会いの元は柔術じゃなくても良かったんだろうけど、柔術だからこそ子供から大人まで、ましてや外国人も含めて幅広く入ってくれたと思うんです。柔術ほど技術の選択肢の多い格闘技はないと思っていますしね。出会いも幅広いし、格闘技の上でも幅広い。その楽しさでしょうね。
――柔術は幅広いということですけど、藤田選手は自分でどれくらいの達成度だと思っています?
藤田 それは分からないですけど、もう年寄りだからこれから急激に強くなることはないでしょう。でも格闘技は強い弱いだけじゃないと思っているので。自分は練習の時間でも正しくないこともするかもしれないけど、一応、道衣を着ているときはマジメでいようと思っているんです。柔術の強い弱いじゃなく、ギを着ているときは黒帯として恥ずかしくない人間性も養いたいから。でも、なかなか難しくて、あとの私生活はふざけていますね。さすがに24時間はできない(苦笑)。
――藤田選手でも無理ですか(笑)。では、ここら辺でアジアチコに出場を決めた理由についても聞かせてもらえますか。
藤田 まだ一番になってないからでしょう。全日本では一番になっているけど、アジア大会やムンジアルでは一番になってないので。そこを追い求めたいという、その気持ちからですね。
――プルーマ級に出場する他の選手のことは気になりますか。
藤田 自分くらいになると出ることに意義があるとか、そういう言い方もあるんでしょうけど、それは言い訳になるような気もします。基本的に負けず嫌いですから、出るからには負ける気はサラサラないですね。
――自信の度合いをパーセンテージで言うと?
藤田 今はちょっと調子がいいから、自信は100%かな(微笑)。でも、ひょっとしたら体調を崩したりケガもするかもしれませんけど、それがなければ良い結果を出せると思います。一年のうちに、たまに調子のいい時期があるんですよ。年々、それが少なくなっていますけど(笑)。あと、なぜか年々、減量がラクになっているんですよね。なんでだろう? あまり食欲がないからアルコールを飲んでおけばいいかと思ってやっているのが、いいのかな? 昔は減量中になると夜中にお菓子や甘いものが食べたくなって、ついつい食べてしまったけど。最近はそれもなくなって、それも関係しているのかもしれないですね。
――でも毎日、晩酌をしていたら落ちなさそうですけどね(笑)。
藤田 焼酎の焼は燃焼の焼ですから。これは本当(笑)。
――なるほど(笑)。では最後に改めてアジアチコに向けての意気込みをお願いします。
藤田 最初に言ったように、技術的なことは本格的な柔術道場で学んできたわけではないので。年齢的なものもあって、体力でも適わないし技術でも適わない。なら、せめて心が折れないようにと思ってやっています。なので、そこを見ていただければいいかなと思っていますね。
Yoshihiro Hujita
ふじた・よしひろ
1969年10月4日、広島県出身
身長173cm、体重67kg
2005全日本選手権アダルト黒帯プルーマ級優勝
藤田柔術代表
活動場所:曜日によって異なるため、詳細は藤田柔術(090-3372-0747)まで。
出場選手募集!
「第1回全日本柔術No-Giオープントーナメント」
2008年12月23日(火/祝)
東京・中央区総合スポーツセンター
大会詳細はこちら
12月下旬発売予定のFight&Life vol.10でもアジアチコ&柔術を大特集! お楽しみに!
http://www.fnlweb.com/mtv33/mt-tb.cgi/3615