好評発売中のFight&Life06号、92ページより
「彼らにとってのMMA―マイノリティ・ファイターのFight&Life」というレポートが掲載されています。
そこで取り上げられた3人のファイターたち、彼らの素顔をより知ってもらおうと、
現地インタビューをここで再現します。
これまでのナム・ファン選手に続き、今回はベテランファイターのジョー・カマチョ選手。
マイノリティのメジャーというべきヒスパニック系の彼は、
自身のルーツをどのように想い、MMAファイターとしての将来と重ね合わせているのか。
Text by Manabu Takashima
――ジョー・カマチョ選手が格闘技を始めたきっかけは、何だったのですか。
カマチョ 子供のころからブルース・リーに憧れていて、テコンドーを始めたんだ。
成長してからはもっと真剣に格闘技をしたくなり、キックボクシングやボクシングをするようになった。
まぁ、だから言ってみればファイトムービーの影響だよ。
その後、UFCの第1回大会を見て、ブラジリアン柔術の柔術を知ったんだ。
当時、私はキックの練習をしていたから、キックボクサーを応援して見ていたんだ。
そうそう、シュートファイティングというものがあるのも知らなかったし、とにかくパトリック・スミスを応援していたんだ。
――では、打撃系ファイターが成すすべなくホイス・グレイシーに極まられていくのを見てブラジリアン柔術を始めたのですか。
カマチョ すぐではなかったんだけど、私の従兄で今はWECで活躍しているチャーリー・ヴァレンシアが練習に誘ってくれて、彼のレスリング仲間とスパーをしたんだ。
こてんぱんにやられてしまってね、関節技の習得が必要だと感じたんだ。
で、イエロページを見て、ペドロ・カルバーリョのアカデミーを見つけた。
紫帯なるまで、彼のアカデミーにいたけど、もっと厳しい練習相手が欲しくなってアロイジオ・シウバのところに移ったんだ。
――最初のMMAの経験は?
カマチョ 1998年かな? とあるマーシャルアーツ・コンプレックスの会場でトーナメントがあるから出場しないか―と誘われて出たんだ。
何も確認していなかった僕も悪いんだけど、それがMMAルールの試合だったんだ。
空手家を3人破って優勝したら、その後プロモーターから電話がかかってきたんだよ。
『あのトーナメントを見たけど、もしよかったらケージで戦わないか』って。
MMAファイアー・クラシックというKOTCの前身の大会で、ジョー・スティーブンソンと戦ったんだ。
まだ、ヤツは17歳だった。
オープンハンドの試合で、凄く緊張していて三角絞めでやられてしまったよ(笑)。
――MMAの練習を始めた時に、プロとして活躍するには、年齢的に遅いという危惧はなかったですか。
カマチョ 僕はMMAファイターになるつもりはなく、ただ柔術のトレーニングをしていただけなんだ。
初めてMMAの試合に出たときは、勝てば200ドルもらえるから戦えるからということで出場したけど、それ以前はMMAの練習をしている人々を見て、「なんで、こんなことできるんだろう」って傍で眺めていたに過ぎないんだ。
グラフィック・デザイナーという職も持っていたし。
グラフィックの仕事は、プロとして戦うようになってもずっと続けていたけど、つい2週間前にやめたんだ。
EXCと契約できたから。
今は、戦うことに集中したいんだ。
――ところでカマチョ選手は、あまりラテン系の外見をしていないですね。
カマチョ 父はメキシコからやってきたメキシコ人で、母はニューメキシコ生まれの米国人だよ。
僕はスペイン語も英語も話せるし、どちらの文化の影響を受けて育ったんだ。
だから、一度はメキシコで戦いたいと思っている。
――ヒスパニックはLAではマイノリティとは言えない存在ですよね。
カマチョ 人口だけで言えばね。
でも、米国はWASPの国だという事実に変わりはないよ。
幸運にも、僕は英語もスペイン語も話せるし、母親が僕を正しい方向に導いてくれた。
でも、僕らがマイノリティだよ。
それは間違いない。
僕らは白人ではないからね。
米国はまぎれもない白人社会だから、彼らが就きたがらない仕事に、僕らメキシカンやメキシカンと米国人の間で生まれたチカナがありつくことができる。
ハードな生活であること変わりないけどね。
ストリートでオレンジジュースや花束を売るような仕事にね。
そういう仕事は好きじゃない人が多い、でも他の仕事に就く機会がないんだ。
それが、彼らの仕事なんだよ。
決して、お金を盗んでいるわけじゃない。
仕事をして稼いでいるんだ。
だから、僕はMMAで成功したい。
ラテン系の人々のためにも。
米国のヒクパニック社会には、ボクシング社会が確立されている。
そんなボクシング界に関わる人々とMMAのつながりを強固なものにしたいんだ。
メキシカン・スパニッシュのファースト・ジェネレーションは、ボクシングで頭がいっぱいだ。
だから、第二世代や第三世代にMMAを浸透させたい。
僕は別にリングやケージにメキシコ国旗を持ち込んだり、メキシカンであることを特別強調はしない。
僕はチカノ、つまりメキシカン・アメリカンの代表でもあるから。
僕が生まれたイーストLAはメキシコだけでなく、全てのラテン人社会が存在している。プエルトリコ、コロンビア、ベネズエラ、僕のゴールは、これらのラテン人社会とMMAとしっかりしたパイプを作ることなんだ。
MMAが、僕らのスポーツとして存在できるように。
――格闘技以外のスポーツとなると、メキシカン・アメリカン社会では、やはりサッカー人気が高いのですか? 米国の文化の象徴ともいえるフットボールやベースボールと比較しても。
カマチョ 僕らにとってフットボールとは、サッカーのこと。スポーツ全体では、サッカーが一番人気のスポーツだ。
その次がボクシング、そして野球の順かな。
サッカーは世界的なスポーツで、メキシコが強い。
僕自身はアメリカン・フットボール、バスケットボールの方が好きだったし、プロのスケートボーダーになることが、夢だった。
米国文化の野球でラテン系の選手が活躍し、メキシコでも野球の人気が高まった。
それと同じようにMMAもメキシコに持ち込みたい。
これだけのラテン系ファイターが活躍しているのだからね。
以降、続く。
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